「配偶者に対する相続税額の軽減」は、配偶者が相続あるいは遺贈により取得した財産について一定の範囲内であれば相続税がかからない制度のことです。
無制限に配偶者には一切相続税がかからないということではなく、対象となる財産額に上限があるところが一つの大きなポイントです。
「法定相続分相当額」「1億6000万円」
配偶者の取得した財産のうちどこまでの財産額に対応する税額が無税になるのか?
一般的な解説においては「配偶者に対する相続税額の軽減」の上限となる財産額に関して、次のように説明しているのを目にすることが多いです。国税庁Webサイトのタックスアンサーでも概ねこんな感じの表現になっています。
正味の遺産額のうち、次の①と②のいずれか大きい金額
① その配偶者の法定相続分相当額
② 1億6000万円
この説明のもとになっている条文は相続税法第十九条の二第1項第二号イです。
当該相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額に民法第九百条(法定相続分)の規定による当該配偶者の相続分(相続の放棄があつた場合には、その放棄がなかつたものとした場合における相続分)を乗じて算出した金額(当該被相続人の相続人(相続の放棄があつた場合には、その放棄がなかつたものとした場合における相続人)が当該配偶者のみである場合には、当該合計額)に相当する金額(当該金額が一億六千万円に満たない場合には、一億六千万円)
生の条文だと辛いので、条文の文言からエッセンスを抜き出して表現し直すと、次のようになります。
① 相続または遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額にその配偶者の法定相続分を乗じて計算した金額に相当する金額
② ①の金額が1億6000万円に満たない場合は1億6000万円
さらに単純化して意訳すると、次のように言い換えることも出来ます。
相続税の課税価格の合計額のうち、次の①と②のいずれか大きい金額
① その配偶者の法定相続分相当額
② 1億6000万円
これで一般的な説明とほとんど同じになりました。
一般的な説明で使っていた「正味の遺産額」が、条文でいうところの「相続税の課税価格の合計額」のことであったのが分かります。
「相続税の課税価格の合計額」は相続税法の専門用語ゆえにその意味内容を正確に伝えるのはなかなか難しいので、一般的な説明においては「正味の遺産額」というフワリとした言葉に置き換える心理的作用が働いているものと思われます。
相続税の課税価格の合計額とは?
それで「相続税の課税価格の合計額」とは何なのか、敢えて一言でいうならば、相続税の計算において基礎控除額を控除する直前の金額のことです。
課税価格とは課税標準となる価格のことで、課税標準とは税額を算出するうえで基礎となる課税対象を指します。つまり、「相続税の課税価格の合計額」は、相続税の税額を算出するための基礎となる課税対象の価格の合計額、とも表現できそうです。
ということは、「相続税の課税価格の合計額」は、シンプルで常識的な民法上の遺産——財産から債務を控除したもの、いわば正味の遺産額——の相続税評価額の総和というわけではありません。例えば次のような相続税特有の要素を考慮に入れる必要があります。
- 小規模宅地等の特例
- 農地の納税猶予を使う場合の農業投資価格
- 生命保険金等のみなし相続財産
- 非課税財産
- 相続開始前3年以内の暦年贈与財産の加算
- 相続時精算課税適用財産の加算
- 葬式費用の控除
相続税の試算をするときは専門家に助言を求めた方がよい
こうした相続税特有の諸要素は、金額的なインパクトが大きいものが往々にしてありえます。それでいて、専門家でないと判断しきれない論点が含まれているケースも少なくありません。
相続税の試算をする際には、配偶者に対する相続税額の軽減をいかにうまく活用するかが非常に大きな課題のひとつになります。よって、できるだけ税理士などの専門家に助言を求めてより精度の高い試算をすることをお勧めします。
上がり続けてきた上限額
配偶者に対する相続税額の軽減は過去の税制改正を経て現在の形になっています。かつての上限がどうなっていたか、改正の変遷をたどると次のようになっていました。
昭和63年1月1日より前 | 2分の1又は4,000万円 のいずれか大きい金額 |
昭和63年1月1日以降 | 配偶者の法定相続分又は8,000万円 のいずれか大きい金額 |
平成6年1月1日以降現在まで | 配偶者の法定相続分又は1億6,000万円 のいずれか大きい金額 |
4000万円、8000万円、1億6000万円と、改正のたびに倍々に増えています。
次の改正では更に倍の3億2000万円になるのか!?と期待をしてしまいそうになりますが、そこまで大きな額になるとほとんどのケースで上限が撤廃されたのと事実上同じになってしまいかねないので、そこまでドラスティックなことは少なくとも当面はありえないのではないかと個人的には思います。
ただ、配偶者の相続権を強化する潮流は確かに存在し続けています。今後そうした潮流と親和性の高い政権が生まれたら、もしかしたら倍増あるいは上限撤廃の可能性もあるのかもしれません。1憶6000万円に倍増した平成6年改正当時は細川内閣でした。