相続税の申告期限と未分割の申告
相続税の申告期限は、相続開始を知った日から10か月以内です。通常はこの申告期限内に、相続人を確定し、財産目録を整え、遺産分割を終えて、その結果を反映した相続税申告を行います。
遺産分割は、相続税の申告期限内に終わらないこともありえます。やらなければいけないことが多岐にわたるなかで終盤に実施せざるをえないことに加え、当事者の思いが錯綜して決着に時間を要することもあるからです。
申告期限内に遺産分割が終わらなかった場合には相続税の申告はしなくてもよい、ということだったら助かるのですが残念ながらそうはなりません。
遺産分割が終わらなかった場合には、未分割の遺産について相続人が法定相続分で取得したものと仮定して計算した相続税申告書を提出し、その税額の納付をします。
後日に遺産分割ができたら、改めて実際の分割結果を反映した内容で申告のやり直しを行います。当初申告での納付額が過大だったなら還付をうけ、過少だったなら追加納付をします。
遺産分割が前提になっている特例
相続税に関する特例のなかには、遺産を誰が取得するのかが確定しないと――換言すると、遺産分割が終わっていないと――適用できないものがあります。
例えば、
・配偶者の相続税の軽減
・小規模宅地等の特例
・農地等の納税猶予
などがそうです。
配偶者の相続税額の軽減は、配偶者が取得した遺産について適用する特例です。小規模宅地等の特例も、一定の要件を満たす人が取得した一定の土地に適用する特例です。農地の納税猶予も、一定の要件を満たす人が取得した一定の農地に適用する特例です。このように、誰が対象となる遺産を取得したかが確定しないと話が進まない構造になっています。
遺産を誰が取得しているのかが確定していることが条件のこうした特例ですが、いつまでにそれができていなければならないかというと、基本的には相続税の申告期限までです。相続税の申告期限までに遺産分割をしているものがこれらの特例の対象になるというのが原則です。
それでは、申告期限までに遺産分割が終わっていない場合には、これらの特例の適用はもう完全にあきらめなければいけないのかというと、ものによっては必ずしもそうではありません。
「配偶者の相続税の軽減」と「小規模宅地等の特例」については、まだチャンスがあります。
申告期限内に遺産分割が終わらなかったために当初申告では「配偶者の相続税の軽減」と「小規模宅地等の特例」を適用できなかった場合でも、適切な手続きをとれば、その後に遺産分割ができたときに改めてする申告のやり直しにおいて「配偶者の相続税の軽減」と「小規模宅地等の特例」を適用することができます。
申告期限後3年以内の分割見込書
まずは、「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を当初の相続税申告書に添付して、相続税申告書と一緒に税務署に提出します。
記載内容は「1.分割されていない理由」「2.分割の見込みの詳細」「3.適用を受けようとする特例等」です。1と2は五行程の作文です。どう書くべきか悩ましいかもしれませんが、常識の範囲内で簡潔に書いておけば大丈夫だと思います。3は印刷してある項目のなかの該当するものにマルを付ければよいだけです。
この分割見込書を添付した申告書を税務署に提出した後は、申告期限後3年以内に遺産分割が終わるように努めます。
そのうえで、見込どおりに申告期限後3年以内に遺産を分割できたら、「配偶者の相続税の軽減」や「小規模宅地等の特例」を適用した相続税額での申告のやり直しをします。すなわち、当初申告で税金を納めすぎている人は更正の請求を行い、当初申告の納税額では不足している人は修正申告を行うことになります。なお、この更正の請求は、遺産分割が行われた日の翌日から4か月以内に行わなければなりません。
遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書
申告期限後3年経過する日においても裁判中など一定のやむを得ない事由により遺産分割ができていない場合には、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」という書類を税務署に提出します。
承認を得られれば、後日遺産分割が終わったら「配偶者の相続税の軽減」や「小規模宅地等の特例」を適用した相続税額での申告のやり直しができます。
この申請書の特徴について説明します。
証明資料の添付が必要
“やむを得ない事由”を証明する書類をこの申請書に添付することが求められます。「申告期限後3年以内の分割見込書」では理由についての短い作文だけで済んだのとは対照的です。
提出期限
この申請書には提出期限があります。申告期限後3年を経過する日から2か月以内です。当初の手続きから3年も時間が経っていると、こうした申請書の提出が必要であることをうっかり失念してしまいそうで本当に怖いです。忘れずに期限内に提出ができるよう細心の注意が必要です。
却下がありうる
この手続きは、届出ではなく申請です。申請であるがゆえに、承認されるか、さもなければ却下されるおそれがあります。提出期限を過ぎたあとでの提出であったり、“やむを得ない事由”に該当しなかったりすれば却下されます。
“やむを得ない事由”がある場合とは?
相続税法施行令第4条の2第1項の一号から四号までに限定列挙されています。
一 申告期限の翌日から3年を経過する日において、当該相続又は遺贈に関する訴えの提起がされている場合
二 申告期限の翌日から3年を経過する日において、当該相続又は遺贈に関する和解、調停又は審判の申立てがされている場合
三 申告期限の翌日から3年を経過する日において、当該相続又は遺贈に関し、民法第907条第3項若しくは第908条の規定により遺産の分割が禁止され、又は同法第915条第1項ただし書の規定により相続の承認若しくは放棄の期間が伸長されている場合
四 前三号に掲げる場合のほか、相続又は遺贈に係る財産が申告期限の翌日から3年を経過する日までに分割されなかつたこと及び当該財産の分割が遅延したことにつき税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合
四号の「税務署長においてやむを得ない事情があると認められる場合」については、相続税法基本通達19の2-15で次のとおり判断基準が例示されています。
(前略)次に掲げるような事情により客観的に遺産分割ができないと認められる場合をいうものとする。
(1) 当該申告期限の翌日から3年を経過する日において、共同相続人又は包括受遺者の一人又は数人が行方不明又は生死不明であり、かつ、その者に係る財産管理人が選任されていない場合
(2) 当該申告期限の翌日から3年を経過する日において、共同相続人又は包括受遺者の一人又は数人が精神又は身体の重度の障害疾病のため加療中である場合
(3) 当該申告期限の翌日から3年を経過する日前において、共同相続人又は包括受遺者の一人又は数人が法施行地外にある事務所若しくは事業所等に勤務している場合又は長期間の航海、遠洋漁業等に従事している場合において、その職務の内容などに照らして、当該申告期限の翌日から3年を経過する日までに帰国できないとき
(4) 当該申告期限の翌日から3年を経過する日において、法施行令第4条の2第1項第1号から第3号までに掲げる事情又は(1)から(3)までに掲げる事情があった場合において、当該申告期限の翌日から3年を経過する日後にその事情が消滅し、かつ、その事情の消滅前又は消滅後新たに同項第1号から第3号までに掲げる事情又は(1)から(3)までに掲げる事情が生じたとき
過去の裁決事例をみても、「客観的に遺産分割ができない」ことがポイントのようです。
その裁決事例の概要はこうです。
未分割の相続税申告をしたのち相続人たちは裁判には拠らないで遺産分割協議を何度も何度も続けましたが3年後においても決着がつきませんでした。これは「税務署長においてやむを得ない事情があると認める場合」に該当するものとして「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出しましたが、税務署長はこの申請を却下しました。
相続人はこれを不服として国税不服審判所で争いましたが、審判所は、相続人の範囲と遺産の範囲の確定は既に済んでいて遺産分割の前提となる事項について争いがなく、客観的に遺産分割ができ得る状態にあるにもかかわらず分割されなかった場合には特例の対象とすべきでない、として相続人の主張を退けました。(平成26年6月2日裁決)
残念ながら「頑張って話し合いを続けています(主観)」が通じるのは3年内までのようです。
遺産分割が長引くほどに色々厳しくなるしくみになっていますので、遺産分割はできるだけ申告期限内に終わらせるか、それがだめでも3年内には終わらせたいものです。