相続税には税額控除の一種として障害者控除があります。
成年後見制度における成年被後見人は、この相続税の障害者控除の対象である特別障害者に該当します。
相続税の障害者控除の概要
相続または遺贈により財産を取得した人(外国に住んでいるなどの一定の特殊なケースの人を除きます)が被相続人の相続人であり、かつ、障害者である場合には、次の算式の控除額を控除した金額をもって、その納付すべき相続税額とします(相続税法第19条の4第1項)。
算式:その人が85歳になるまでの年数×10万円(特別障害者の場合には20万円)
相続税の障害者控除における「障害者」「特別障害者」
ここでいう「障害者」「特別障害者」とは、次のような者とされています(相続税法第19条の4第2項、相続税法施行令第4条の4、所得税法施行令第10条)。
障害者
精神又は身体に障害がある次の者
(1) 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者又は児童相談所、知的障害者更生相談所、精神保健福祉センター若しくは精神保健指定医の判定により知的障害者とされた者
(2) 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第四十五条第二項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者
(3) 身体障害者福祉法第十五条第四項の規定により交付を受けた身体障害者手帳に身体上の障害がある者として記載されている者
(4) 戦傷病者特別援護法第四条の規定により戦傷病者手帳の交付を受けている者
(5) 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第十一条第一項の規定による厚生労働大臣の認定を受けている者
(6) 常に就床を要し、複雑な介護を要する者のうち、その障害の程度が(1)又は(3)に掲げる者に準ずるものとして市町村長等の認定を受けている者
(7) 精神又は身体に障害のある年齢六十五歳以上の者で、その障害の程度が(1)又は(2)に掲げる者に準ずるものとして市町村長等の認定を受けている者
特別障害者
障害者のうち、精神又は身体に重度の障害がある次の者
(1) 精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者又は児童相談所、知的障害者更生相談所、精神保健福祉センター若しくは精神保健指定医の判定により重度の知的障害者とされた者
(2) 精神障害者保健福祉手帳に障害等級が一級である者として記載されている者
(3) 身体障害者手帳に身体上の障害の程度が一級又は二級である者として記載されている者
(4) 戦傷病者手帳に精神上又は身体上の障害の程度が恩給法別表第一号表ノ二の特別項症から第三項症までである者として記載されている者
(5) 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律第十一条第一項の規定による厚生労働大臣の認定を受けている者
(6) 常に就床を要し、複雑な介護を要する者のうち、その障害の程度が(1)又は(3)に掲げる者に準ずるものとして市町村長等の認定を受けている者
(7) 精神又は身体に障害のある年齢六十五歳以上の者で、その障害の程度が(1)又は(3)に掲げる者に準ずるものとして市町村長等の認定を受けている者
このように、相続税の障害者控除における「障害者」「特別障害者」の規定を一見した限りでは、どこにも「成年後見」や「成年被後見人」といった文字はありません。
成年被後見人を障害者に含まれるものとして障害者控除を適用することができるでしょうか。
成年被後見人とは
成年被後見人については、民法第7条と第8条で次のように規定されています。
第7条
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
第8条
後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
これらから、成年被後見人とは、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であり、かつ「後見開始の審判を受けた者」であることが理解できます。
成年被後見人は相続税の障害者控除を適用できるのか?
考え方
この民法の「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」という文言は、先述した相続税の障害者控除における障害者の(1)と特別障害者の(1)のなかでも一字一句同じ文言で登場します。
これだけ完全に一致する文言を使っておきながら、民法と税法とで意味がそれぞれ異なるということは考えにくいです。
すなわち――、
①「成年被後見人」は、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」である。
②「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」は、相続税の障害者控除における「障害者」ひいては「特別障害者」に該当する。
③よって、「成年被後見人」は、相続税の障害者控除における「特別障害者」に該当する。
このように理解して然るべきです。
文書回答事例による「お墨付き」
税金に関する論点について、本当にその理解で大丈夫なのか、もしかしたら国税側は別の理解をしているのかも……という納税者の不安を払拭するために、「事前照会に対する文書回答」という制度があります。この制度では、その照会をした本人に対して文書で回答するだけでなく、他の納税者のためにもその照会と回答の内容を公表しています。
成年被後見人の相続税の障害者控除の適用の論点について、平成26年に東京国税局と納税者の間で照会および回答がなされており、その内容が公表されています。その回答において、成年被後見人である相続人は相続税の障害者控除の対象となる特別障害者に該当するという見解で差し支えないとしています。
対象者になりうる
成年被後見人は特別障害者に該当することになりますので、他の要件(相続人であること、85歳未満であることなど)を満たせば、相続税の障害者控除の適用を受けることができるものと考えられます。
相続開始時ではまだ家裁の後見開始の審判を受けていない場合
上述したように、成年被後見人は「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であり、かつ「後見開始の審判を受けた者」です。
「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況」であることから家庭裁判所に申し立てをして、家庭裁判所から「後見開始の審判」がでるまで概ね2か月くらいかかるそうです。
なかには、家庭裁判所に申し立てをする前に、あるいは、申し立て中に、ご身内に不幸があって相続人になるというケースもあると思います。そのような、相続開始時点で「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」ではあったが、「後見開始の審判」はまだ受けていない人の場合には、相続税の障害者控除の適用はどうなるでしょうか。相続開始時には後見開始の審判を受けていないということは、まだこの人は成年被後見人ではありません。成年被後見人であるならば障害者控除の対象になり、成年被後見人でないならば対象にならない、といった構成は妥当でしょうか。
ここからは筆者の私見ですが、肝心なことは「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」であるか否かであり、「成年被後見人」であるか否かではないです。したがって、相続開始時で家裁の後見開始の審判を受けていない場合であっても、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に該当しているのであれば、理論的には相続税の障害者控除の対象になりうるものと考えます。
実務的には、相続税法基本通達19の4-3を参考にする方向で検討すべきと考えます。
相続税法基本通達19の4-3によれば、相続開始時点で障害者手帳の交付を受けていなくても、次の(1)(2)のいずれにも該当するのであれば相続税の障害者控除における障害者として取り扱う、としています。
(1)相続税申告書の提出時までに手帳の交付を受けている、または申請中である。
(2)手帳や医師の診断書などにより、相続開始時に明らかに手帳に記載される程度の障害があると認められる。
成年後見に関しても同様の考え方で、すなわち次の事実を確認できる証拠があれば、相続税の障害者控除における特別障害者として取り扱ったとしても否認されるリスクは低いと考えます。
(1)相続税申告書の提出時までに後見開始の審判を受けている、または審判を受けるための申し立てをしている。
(2)医師の診断書などにより、相続開始時に明らかに後見開始の審判がなされる程度の障害があると認められる。
(あくまで私見です。これを読んで実行したときの責任は負いかねます。ご了承ください。)
相続税法基本通達 19の4-3
(障害者として取り扱うことができる者)
相続開始の時において、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けていない者、身体障害者手帳の交付を受けていない者又は戦傷病者手帳の交付を受けていない者であっても、次に掲げる要件のいずれにも該当する者は、19の4-1の(2)、(3)若しくは(4)に掲げる一般障害者又は19の4-2の(2)、(3)若しくは(4)に掲げる特別障害者に該当するものとして取り扱うものとする。(昭57直資2-177追加、平2直資2-136、平8課資2-116、平16課資2-6、平17課資2-4、平25課資2-10改正)
(1) 当該相続に係る法第27条の規定による申告書を提出する時において、これらの手帳の交付を受けていること又はこれらの手帳の交付を申請中であること。
(2) 交付を受けているこれらの手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けるための精神保健及び精神障害者福祉に関する法律施行規則(昭和25年厚生省令第31号)第23条第1項第1号((精神障害者保健福祉手帳))に規定する医師の診断書若しくは同項第2号に規定する精神障害を支給事由とする給付を現に受けていることを証する書類又は身体障害者手帳若しくは戦傷病者手帳の交付を受けるための身体障害者福祉法第15条第1項若しくは戦傷病者特別援護法施行規則(昭和38年厚生省令第46号)第1条第4号((手帳の交付の請求))に規定する医師の診断書により、相続開始の時の現況において、明らかにこれらの手帳に記載される程度の障害があると認められる者であること。
まとめ
一般的に障害者はそうでない人に比べてより多くの生活費を要します。障害者控除はその生活保障に資するために設けられた制度です。
もしも相続人のなかに成年被後見人がいるのであれば、その人は相続税の障害者控除の対象になりえます。適用漏れがないように細心の注意が必要です。