押印不要になったけど敢えて振り返りたい、相続税申告書に押印がなかったことで問題になった事例

相続税
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相続税申告書には「複数人が同じ申告書で共同して申告する」という特殊性があります。

その特殊性ゆえに、かつて押印が必要とされていた時代においては、共同申告者のうちの一部の人だけが押印して、一部の人は押印がないまま申告書を提出するという事態が起こりえました。押印がなかったことはその人の申告の効力に影響したのでしょうか。

この記事では、こうした一部の人の押印が無かった相続税申告の有効性について争われた国税不服審判所の裁決事例を2つ紹介します。

また、これら裁決事例で示された考え方が、これからの押印が不要となる時代においてどう関わってくるかについても触れたいと思います。

裁決事例1:平成14年10月17日裁決

概要

相続人として相続税申告義務のあった兄弟がいました。

弟は税理士に依頼し相続税申告書を作成しました。その相続税申告書は兄弟の両方の記載のある共同申告の形式になっていましたが、弟だけが押印をして期限内に税務署に提出しました。

税務署は、兄からは期限内申告書の提出がなかったものとしました。

これに対して、兄は、弟の提出した申告書に兄の押印はなかったが、共同提出した申告書として兄も期限内申告をしたと認めるべきだと主張しました。

審判所の判断

・兄は弟の申告書を見ていない
・兄は弟から申告書に押印するよう依頼されていない
・弟は相続税申告やその押印について兄と話をしていない
・税理士は兄の押印が無いことを兄に確認していない
といった事実があったとから、弟の提出した申告書は兄弟が共同して提出した申告書と認めることはできない、と審判所は判断を示し、兄の主張を退けました。

裁決事例2:平成27年4月1日裁決

概要

1回目の提出

相続人として相続税申告義務がある家族がいました。構成は、(被相続人から見た続柄で言うと)妻・長女・長男・二男・二女の5人でした。

遺産分割協議は大きな問題なく成立しました。

相続人全員の了解のもと、長男の知人の助力を得ながら相続税申告書を作成しました。その相続税申告書は相続人全員の記載のある共同申告の形式になっていました。

その相続税申告書を提出する直前のことです。二女が遺産である定期郵便貯金の解約手続のために郵便局に行きました。その際、二女が郵便局の職員にその申告書を見せたところ、まだ押印が一切なされていなかったことから、その職員から申告書に押印するよう言われました。二女は言われるままに自分の分の押印をしました。二女は押印をしたことを他の相続人には伝えませんでした。

その後、二女以外の相続人の押印がなされないまま、長女がその相続税申告書を税務署の窓口に提出しました。申告期限内の提出でした。長女は申告書を提出したことを他の相続人に報告しました。

税額の納付は各々が期限内に行いました。

2回目の提出

上述の相続税申告書が提出された翌月、税務署職員は長男に対して、押印がなされていないと申告書が提出されてことにならない旨の説明をし、相続税申告書を改めて提出するよう依頼しました。

この依頼に基づいて、長男らはまったく同じ内容で押印のある相続税申告書を改めて提出しました。申告期限後の提出でした。

税務署側としては、申告期限後の提出を理由に、無申告加算税を賦課しました。

これに対し、二男がこの無申告関税の賦課処分を不服として、押印がなくとも1回目の申告書が二男にとっての有効な期限内申告であったと主張しました。

審判所の判断

共同申告書の記名者に押印がない場合、提出時点において記名者の意思に基づいて提出されたか否かにより、申告書の効力を判断すべき。

・1回目の申告書は、有効に成立した遺産分割協議に基づいて作成された
・1回目の申告書作成を知人に依頼したことについて異議を述べる相続人はいなかった
これらの事実から、1回目の相続税申告書は、相続税申告を予定して相続人の総意で作成されたものと認められる。

・二男は1回目の申告書の提出自体には関与していないが、提出を長女に任せていただけである
・二男は納税のために申告が必要と認識していて、期限内に全額納付している
これらの事実から、1回目の申告書は、二男の申告の意思に基づいて提出されたと認めるのが相当である。

したがって、1回目の申告書は、二男にとっての期限内申告書に該当する。

――このように審判所は判断を示し、二男の主張を認めました。

大事なのは、申告書を提出する意思

押印がなかった人の申告書が無効であった事例と有効であった事例をそれぞれ紹介しました。

こうしてみると、押印がなかったことによって申告書が直ちに無効となるのではなく、本人に「申告書を提出する意思」があったかどうかが大事であることが分かります。そして、申告書を提出する意思の有無を証明するべく、申告に至るまでの経緯をかなり綿密に調べ上げる労を取っています。

申告書に押印があれば「申告書を提出する意思」があったものと推認され、押印が無ければ別途「申告書を提出する意思」の有無を証明する必要に迫られる、ということのようです。

押印不要時代

令和3年度税制改正大綱の閣議決定を機に、税務書類の押印が不要になりました。

この記事の「裁決事例1」の「弟」のように共同提出をせず単独で申告書の提出をしたい場合には、かつては押印の有無で意思の有無を形式的に表現していました。押印不要となってからはどうしたらいいかというと、次の方法で明らかにするよう国税庁から案内がありました。

・第1表に共同提出する相続人等のみを記載する

 あるいは、

・第1表に共同提出しない相続人等を記載するときは、次の方法で共同提出しない相続人等であることを明示する

 - 第1表のその共同提出しない相続人等の分のマイナンバーを記載しない
 - 第1表のその共同提出しない相続人等の「参考として記載している場合」欄にある「参考」を○で囲む

https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sozoku/pdf/0020012-133.pdf

また、「裁決事例2」のような単なる押印漏れによるトラブルは起こらなくなります。

ただし、押印漏れによるトラブルはなくなっても、誤って参考を○で囲む、○で囲むのを失念するなど、新しい種類の問題は起こるのかもしれません。

なぜなら、結局のところ申告の効力については、押印やら丸印やらの形式的不備が直ちに影響するのではなく、本人に申告書を提出する意思があったかどうかが問題の核心となると考えられるからです。このことを過去の裁決事例が教えてくれています。