相続税申告を税理士に依頼すると、依頼された税理士はお亡くなりになった方の通帳を提示するよう求めてきます。残高証明書があったとしても、さらに通帳も見たいと言ってきます。場合によっては、お亡くなりになった方のご家族の通帳も見たいと言ってくることもあります。
相続税申告において税理士はなぜそこまで通帳にこだわるのか。
それは、通帳は情報の宝庫であり、遺産の計上漏れを防ぐために通帳を見る必要があるためです。
また、税務署には金融機関から口座の取引記録のデータを取り寄せる権限があります。納税者側が通帳を見ないで相続税申告をすることは税務調査で思わぬ指摘を受けてしまうリスクを高めます。
通帳は情報の宝庫
通帳は情報の宝庫です。
通帳には時系列で「入金」と「出金」が記録されています。この「入金」と「出金」のデータから様々な事柄が浮かび上がります。
具体例をいくつか挙げます。
直前に引き出された現金
お亡くなりになる直前に預貯金から現金が引き出されたかどうかは、通帳を見ればすぐに判明します。
お亡くなりになる直前に預貯金から多額の現金が引き出されることはよくあります。
亡くなった後のお葬式の支払いなどに充てる現金を確保したいのだけれど、亡くなった後になると口座凍結によって引き出すのが難しくなるため、亡くなる前に引き出すわけです。
このようにして引き出されて確保された現金は、遺産としての現金に計上されるべきものです。
親族間の資金移動
親族間の資金移動についても、通帳の記録を分析することで判明します。
お亡くなりになった方の口座から出金があり、同日ないし近日中にご家族の口座に同額の入金があったとしたら、ご家族への資金移動があった可能性が濃厚です。
親族間の資金移動があったのなら、それが「贈与」なのかあるいは「預け金」なのか等の判断をして、それぞれ適宜取り扱うことになります。
保険会社との取引
通帳を見ることで、未知の保険契約の存在を知る糸口になりえます。
口座引き落としで保険料を支払ったり、口座振り込みで保険金を受け取ったりしていると、保険会社の名前つきで入出金記録が通帳に残ります。
つまり通帳を見ると、取引があった保険会社が判明します。お亡くなりになった時点においてその保険会社との保険契約が存在する可能性を示唆するわけです。
税務署も見ている
通帳は情報の宝庫ですから、当然ながら税務署もその内容に注目しており、過去の取引の内容から財産の申告漏れなどがないかを確認しようとします。
税務署の職員には金融機関に対して口座の取引記録を取得する権限があります(国税通則法第74条の3など)。金融機関では最低でも10年分のデータを保存しています。
つまり、税務署は、納税者のところで通帳の提示を求めるまでもなく、金融機関から10年分の取引記録のデータを入手することが出来るのです。
税務署側が取引記録を入手してじっくり分析している可能性があるのに、納税者側が通帳をろくすっぽ見ずに相続税申告をしていては、税務調査において極めて危険な事態を招く恐れがあります。
どこまで見るべきか
納税者側で通帳を見ておくことが重要だとして、では、どこまで見るべきでしょうか。
・何年分遡るのか? 3年、5年、それとも10年?
・通帳を紛失していたり合計記帳があった場合に、金融機関に取引記録を発行してもらって補完すべきか?
・定期預金の動きもすべて追跡するか?
・亡くなった方の口座のみか、配偶者や子供の口座もか?
・どの程度まで細かい金額も見るか?
完璧にやるためには、関係者全員の全口座について取引記録で補完しつつ過去10年分を洗いざらい見ることになります。
しかし、現実的には常に完璧にやることは難しいと言わざるを得ません。「人員」「時間」「予算※」などの資源に制約があるためです。
※ 完璧にやろうとするほどに税理士報酬が高くなり、取引記録の発行手数料が多額にかかる可能性があります。
まったく見ないのは危険だが、完ぺきに見るのは難しい、となれば、その中間に着地点を見出すほかありません。
つまり、ケースバイケースです。案件ごとに税務上のリスクをよく見極めたうえで、どこまで見るのが妥当なのか、適切な範囲を個々に判断する必要があります。
多くの税理士は税務リスクを勘案しながら業務計画を策定します。
どこまでやるべきか、相続税申告を依頼した税理士とよく話し合って、一緒に考えながら決められるとよろしいかと思います。