個人の青色申告には、青色申告特別控除、青色事業専従者給与、損失の繰り越しなどの特典があります。
相続の結果被相続人の業務を承継した人が新たに青色申告者として特典を享受していきたいならば、青色申告承認申請書を提出する必要があります。
ここで注意しなければならないのは、その青色申告承認申請書の提出期限です。原則と特例が入り乱れて非常に複雑なことになっています。
提出期限の原則
青色申告承認申請書の提出期限については、所得税法144条に規定があり、これが原則です。
所得税法 第百四十四条
その年分以後の各年分の所得税につき前条の承認を受けようとする居住者は、その年三月十五日まで(その年一月十六日以後新たに同条に規定する業務を開始した場合には、その業務を開始した日から二月以内)に、当該業務に係る所得の種類その他財務省令で定める事項を記載した申請書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない。
やや大雑把に噛み砕くと、次のようになります。
・業務開始の初年度から青色申告にしたければ、業務開始日から2か月以内。
・いままで白色申告だった人が途中から青色申告に切り替えたければ、青色申告に切り替えたい年の3月15日まで。
相続で業務を引き継いだ人がその初年度から青色申告したい場合は、相続と同時に業務を開始したことになると考えると、被相続人の死亡日(=業務開始日)から2か月以内に青色申告承認申請書を提出しなければならないことになります。
提出期限の特例
ただ、相続があった場合に2か月しか時間的余裕がないのは何かと厳しいですよね。人がいつ亡くなるかは予測しきれませんし、亡くなった後は税務も含めて様々な手続きで忙殺されますので、たった2か月では短すぎる嫌いがあります。
いっぽうで、被相続人のその亡くなった年の確定申告(準確定申告といいます)の期限は、死亡という特殊事情を汲んで、死亡後4か月以内となっています。
そこで、青色申告承認申請書についても、準確定申告と同様に死亡という特別な事情を考慮した期限にすべき、との考えから次の通達が発遣されています。
所得税基本通達 144-1
青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けていた被相続人の業務を相続したことにより新たに法第143条《青色申告》に規定する業務を開始した相続人が提出する法第144条に規定する申請書については、当該被相続人についての所得税の準確定申告書の提出期限(当該期限が法第147条《青色申告書の承認があったものとみなす場合》の規定により青色申告の承認があったとみなされる日後に到来するときは、その日)までに提出して差し支えない。
被相続人が青色申告者として業務を営んでいて、かつ、相続人が業務を営んでいないという条件を満たすならば、青色申告承認申請書の提出期限は準確定申告書の提出期限と同じ死亡後4か月以内となるということです。
なお、先述の条件を満たさないとこの通達が適用されず原則どおり所得税法144条の取扱いとなりますので、その点は注意が必要です。
例えば、次のような場合です。
・被相続人が白色申告者であった場合
・被相続人がそもそも業務を営んでおらず、相続人が相続財産で新たに業務を開始する場合
特例の例外
所得税基本通達144-1により青色申告承認申請書の提出期限が特例的に死亡後4か月以内になりうることを述べましたが、この特例には例外があります。それは同通達のかっこ書きに書かれています。
所得税基本通達 144-1
青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けていた被相続人の業務を相続したことにより新たに法第143条《青色申告》に規定する業務を開始した相続人が提出する法第144条に規定する申請書については、当該被相続人についての所得税の準確定申告書の提出期限(当該期限が法第147条《青色申告書の承認があったものとみなす場合》の規定により青色申告の承認があったとみなされる日後に到来するときは、その日)までに提出して差し支えない。
「準確定申告書の期限(死亡後4か月)」が「青色申告の承認があったとみなされる日」後に到来するときは、「青色申告の承認があったとみなされる日」まで、とのこと。
つまり、「準確定申告書の期限(死亡後4か月)」と「青色申告の承認があったとみなされる日」のいずれか早い日が期限になるということです。
なぜこのような例外規定が設けられているのか。
その説明の前に「青色申告のみなし承認」について説明します。
青色申告承認申請書の提出があった場合には、制度上は、税務署長がその申請を承認または却下の処分をしてその結果を申請者に書面で通知することになっています(所得税法146条)。
そのうえで、承認を受けようとする年の12月31日(その年11月1日以降に新たに業務開始した場合については、その翌年2月15日)までに税務署長による承認または却下の処分がなかった場合にはその日に承認があったものとみなされることとなっています(所得税法147条)。
実務上は、前者のように税務署長が1件ずつ処分して書面通知することはなく、全面的に後者の「みなし承認」が行われています。
第百四十六条
税務署長は、第百四十四条(青色申告の承認の申請)の申請書の提出があつた場合において、その申請につき承認又は却下の処分をするときは、その申請をした居住者に対し、書面によりその旨を通知する。
第百四十七条
第百四十四条(青色申告の承認の申請)の申請書の提出があつた場合において、その年分以後の各年分の所得税につき第百四十三条(青色申告)の承認を受けようとする年の十二月三十一日(その年十一月一日以後新たに同条に規定する業務を開始した場合には、その年の翌年二月十五日)までにその申請につき承認又は却下の処分がなかつたときは、その日においてその承認があつたものとみなす。
さて、例外規定が設けられている理由ですが、それは、この規定がないと「申請」よりも前に「承認」がなされてしまうという奇妙な状態が起こりえてしまうためです。
例えば、青色申告者だった被相続人が令和4年10月9日に亡くなったとします。被相続人の業務を引き継いで新たに業務を開始した相続人は、令和4年分から青色申告者になろうと考えています。
特例の例外規定がなければ、青色申告承認申請書の提出期限は準確定申告の期限である2月9日(死亡後4カ月後)となります。そこで相続人は青色申告承認申請書を翌年の令和5年1月10日に提出したとします。
この申請に関する承認は所得税法147条により令和4年12月31日に承認があったものとみなされます。
まず申請があってそれを受けて承認があるべきところ、承認(令和4年12月31日)が申請(令和5年1月10日)よりも前にある――これでは因果関係が時系列的にオカシイ、という理屈です。
この特例の例外に該当すると、提出期限までの時間は「4か月」以下になりますので、注意が必要です。
特例のまとめ
上記のとおり、業務を承継した相続人が提出する青色申告承認申請書の提出期限には「特例」および「特例の例外」があります。
具体的には、死亡日に応じて「準確定申告の期限(死亡後4か月)」「12月31日まで」「翌年2月15日まで」の3通りになります。表形式でまとめると次のようになります。
死亡日 | 1月1日……8月28日 | 8月29日……10月31日 | 11月1日……12月31日※※ |
①準確定申告の期限※ | 5月1日……12月28日 | 1月4日……2月28日 | 3月1日……4月30日 |
②みなし承認の日 | 12月31日 | 12月31日 | 2月15日 |
①②のいずれか早い日 =申請書の提出期限 | ① (準確定申告の期限) | ② (12月31日) | ② (2月15日) |
※※
12月16日から31日に亡くなった場合の取扱いには、疑問があります。
通達に従って2月15日が提出期限となると、提出までの時間は2か月よりも短くなってしまっています。死亡という特殊事情にまったく配慮できていません。そして、通達で税法の規定よりも納税者に不利な取り扱いをすることが果たして認められるのか、という点でそもそもの通達のあり方としても問題を孕んでいるように感じます。
ただし、通達の書き方が「~までに提出して差し支えない」との表現であることから、原則的取扱いである所得税法144条に従って「2か月以内」に提出すれば、みなし承認日である2月15日より後に提出しても、問題がないようにも考えられます。(筆者の個人的な見解です)
そうは言っても、この記事執筆現在の国税庁HPを見ると「2月15日までに提出する」旨が明記されていますので、2月15日が期限と思っておいた方が無難なことは確かです。